No.60 あらゆるものは繋がりあっている
―八月三日、出品作への抗議にガソリンの携行缶を持ってお邪魔すると、最近の大量殺人事件を想起させる卑劣な脅しもあって愛知「表現の不自由展・その後」は中止となった……新聞ニュースに打ちひしがれ、私はランチを摂りに外へ出る。
アスファルトが柔らかく靴の下でへこんだ。三十度を超える熱気がワッと身を包む。道に油蝉が腹を見せて転がり、濃いブルーの空に吸い上げられる火焔のような形に百日紅の樹がゆらめき立っている。熱気に息を詰まらせながらなお歩く。生けるあらゆる物が暑さに身悶えしていること、自分がその自然の一部であることがヒシヒシと感じられてくる。
この感覚は、思い出せば六十年前、夏の田圃を草取りに這いずり回った時のと似ている。四、五十センチに育った稲列の中に頭を突っ込み、息の詰まる暑さの中、雑草を手でむしり取り、泥の中に押し込んでいく。それ以前は苛烈な除草剤、除虫剤を散布していた。だが、人間まで殺されかねない田となり、大人たちは反省、今度は人の手で、となったのだ。母子家庭の高校生である私は帰宅して田圃に出るのが当たり前だったが、これから死ぬまで俺は田をこうやって這いずり回らねばならぬ、会社勤めに出れば土日こそせねばならぬ日となる、草取りを言いつけた母を恨むわけにもいかず、誰に向かえばいいかわからぬ憤怒が私の中に積もっていた。時々立ち上がって周囲を見回し、遠い村まで人影のほとんどないことを確かめると、大声で叫んだものだ。
「チックショォーゥ、バッキャロォーッ」
誰にも届かない叫びだったが、私はそれで少し満足し、草取りを続けることができた。誰も聞いていないという空しさはなかったから、大自然は分かってくれている、そんな満足だったろう。大自然は俺のようなちっぽけな者でも、どこかで誰かと繋げてくれる、そういう思い。
今になって人々が驚くような「表現の不自由」が起こってくるなんて―。私はそれでも楽観的、この世で人間と繋がれない人間はいないのだから。(勝山)