No.29 大統領の頭にズベをこしらへる
「ルーズベルトの頭に爆弾を落として大きなズベをこしらへます」
新刊 『ヒロシ君と戦争』 はアジア・太平洋戦争の真っ最中、 1942年から48年まで書かれた絵日記に注釈を付した総集編。
冒頭の文は昭和19年、 少年7歳の時のもので、《ズベ》は禿げのこと。 ズベが出来るほど大統領を傷つけてやる、 というのだ。 少年の強い嘲りが感じられる。 アメリカの大将が大統領だというのは大人たちの話で知ったのだろう。 日本の大将も天皇だと分かっていた。 12月8日の大詔奉戴日のことを 「天皇さまが《撃て米英》とおっしゃった日」 と書いている。 少年の敵国への嘲りは 「トルーマンのとろろ昆布」 とも表現される。 赤子が悪口や嘲りの言葉を先ず覚えるのは、 それらが論理や知識を飛び越えて物事の核心をあぶり出す力を持つと分かるからなのではないか。 子供たちはそのことを遊びの中で熟知していく。 大統領のズベ! 少年はこう書き付けた時、《世界》に触れたように思わなかったか。
少年は一歳の妹が大好きなのだが、 「妹はきっと学徒になるでせう」 と記す。 十数年後も今のような戦争が続いていると真面目に考えたわけではないだろうが、 少年にとって時間の経ち方だけは未知なのだ。 戦争していた国に生まれ、 戦争と共に大きくなった少年ならではと私は胸を塞がれる。
戦後、 父が校長をしている国民学校に転校し、 その父に全校集会の満座の中で名指しで立たされ叱られた時、 少年は 「ほかの校長なら自分の子供をみんなの前で叱りつけられるやうなことができやうか」 と父の非に迫る。 また、 進駐軍兵士がジープで学校を訪れた日は、 昨日までアメリカに仕返しすると息巻いていたのに 「今でアメリカが好きになりました」 と告白する。 軍国少年の変貌の第一歩と見られがちな場面だが、 そうなのだろうか。 日本人より段違いに背の高い兵士が意外に威圧的でなく快活に振る舞うことに少年は打たれただけとも考えられる。 眼前に見える通りではない世界、 奥行きのある世界の不思議さへと少年は向かったのかも知れない。 …人は《世界》の持つ魅力と引き換えに、 核心を言い当てる力を失っていくのか。
戦争遂行を迫る国家が、 家にどんな桎梏を生み出すものなのかを含め、 さまざまな読み方の可能な本書を、 漫画やファミコンで戦争観を培うという今の若者に届けたい。 (1999年12月10日 勝山敏一)