No.12 母の怒りに釣合うか……
●6月には新事務所に入り、9月には新人 (といっても小生と同世代) に入社してもらった。 彼女はパート勤務で、 とりあえず 『女たちの昭和』 の編集にかかっている。 NHKラジオで取り上げられた中部7県の女性たち30数名で構成する昭和女性史で来春3月の刊行予定。 彼女は先ほど市川房枝基金を受賞した 「メディアの中の性差別を考える会」 の一員で、 そのまとめを小社から出したいという。 また、 イタイイタイ病のその後に深い関心を寄せ、 ゴルフ場問題では行動もしているという人で、 歴史書専門のイメージのある小社に風穴をあけてくれそうである。 変ったといえば、 小社が全面的に印刷をお願いしている菅野印刷さんも、 黒部市郊外に堂々たる新社屋を建てて引越しされた。 中を案内して頂いたが、 従来の印刷工場のイメージを完全にひっくり返す現代的機能と美意識に満ちた姿に茫然とした。 菅野印刷のスタッフの方々は皆プロ意識をもっておられるので、 小社の見落しや手ぬかりを今までどれだけ救って頂いたやら知れない。 そのスタッフの人たちがあの新工場で小社の煩しい仕事に追われるかと思うと胸がふさぐ。 小社もプロ的な仕事の出し方をと痛切に思う。
●さて、 女性ばかり3人の編集者に囲まれることになり、 冷やかす人もいるが、 多忙は少しも変らない七。 17、 8冊も刊行する今年は異常で、 これは持ち込み原稿が急に増えたためなのだ。 持込みの場合は当然リスクを著者にも負って頂くことになり、 小社の苦しい台所事情からいって刊行しやすいから、 ついつい引き受けることになる。 また、 真剣にお書きになった方にお会いして話を聞いていると、 なかなか断れないもの。 他の出版社ではいったいどのような断り方をなさっているものなのか知りたいほどだ。 文章が不充分、 テーマがあいまい、 小社の力では売れない……など、 いくつか口実を考えてはみるが、 いざ、 言おうとすると口がこわばってしまって、 思いもしない 「じゃ、 何とか致しましょう」 などと口走ることが多いのである。 かかえている企画を横に置いて無理にでもスケジュールを立てなければならない。 大抵の方は刊行を急いでおられるから、 結局は菅野印刷さんに極端な負担をお願いすることになる。 幾何かの利益がはっきり見込めるという一点をのぞけば、 いいことはほとんどない。 それでも利益が少しでもあれば他のリスクの多い企画にまわせるなァと胸算用が走ってしまう小生。 もちろん、 持ち込み原稿でも素晴しいものがあるのは言うまでもない。 とにかく、 出したいものを出すという本来の姿を得られるのはいつの日のことか……。
●原色日本海魚類図鑑は高額なので危ぶんでいたが、 意外と売れ行きが好調。 700部刊行して残り100部余まできた。 この利益で越中資料集成の赤字が補えると思うと何とも嬉しい。 この大型企画が話題になったせいで、 地方新聞から取材を受けた。 日頃、 書評を掲載して頂くという負目があるのでとうとう引き受け、 かなり大きなスペースで小生の顔写真入りで掲載されてしまった。 本屋風情が表に出るのは筋違いだし、 それより何より、 小生が出版社をやっていることは母には内緒だったので、 その朝刊を見た母がどんなに怒るだろうと心配でならなかった。 ところが母は怒らなかった。 驚いて読んだあと、 「頑張られえ」 と言うのである。 うすうす気付いていたのと、 どんなに大きなリスクを冒しているかは知りえないからだと思った。 夫を早くに亡くし、 農業を体を張ってやり通してきた母が家や田圃を担保に入れている長男の仕儀を知ったら今度こそ百雷の如くに怒るだろう。 果たして出版社という仕事はこの母の怒りに釣り合う仕事なのだろうか……。 (1990年12月10日 勝山敏一)