富山の出版社 本づくりなら 桂書房

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No.9 ゴマメのはぎしり…

●5月末に東京大学で行われた歴史学研究会大会に書籍販売に行ってきた。 参加出版社30あまり。 東大出版会や吉川弘文館らの巨大書籍群の中へ、 わずか十数点の書籍をひっさげて(!)上京した地方出版社は初めてのことだそうで、 珍しがられてしまった。 数百人の学者の方々が続々と販売場に入ってこられ、 次々と目当ての本を購入されていく様は壮観。 しかし、 初日は小社の前はほとんどの方が素通り。 小社の目玉(!)ともいうべき 『村と戦争』 の著者である黒田俊雄、 大江志乃夫、 小沢浩各教授のお三方も心配そうに駆けつけて励まして下さった。 すっかりいじけていた私もようやく元気を取戻し、 2日目は見違えるほどたくさんの方に買って頂けた。 著者であり顧客でもある先生方と他の出版社のやりとりを眺めていて、 〈ああ、 いい本を出さなきゃ…〉と胸に熱いものがこみあげてきた。 何がいい本なのか、 私にもこれと断言できないが、 そうしか言いようのない本がある。 地方にいてもきっとそんな本を私は作るぞ。 この販売体験はたまらない刺激になったのである。

 

●ところが、 それから一週間ほど経って、 たてつづけにイヤなことが起きた。 あてにしていた企画が2つも東京の出版社にさらわれたのだ。 一つは尊敬する先生の論集で、 私より先からある出版社が著者に働きかけていて危いなと思っていた。 もう一つは、 地元富山にあった日本の文豪といわれる作家の第一級の資料。 私の方から出したいと強い希望を表明してあったので、 全く知らないうちに東京の出版社に既に決まっているのを聞いた時は〈ウソ!〉と叫びたくなった。 全国3000社といわれる出版社にはさまざまな意味でランクがあると考え、 より普及力のある上位の出版社を求められる著者のお気持は自然だと思う。 だけど、 私は自分を否定されたように感じた。 何の断りもないのは、 小さくて地方にある出版社は分相応の仕事をしていればいいと無言で言われたに等しい。 地方を扱う出版は地方で、 地方を扱っても日本的なものは中央でと、 役割分担を勝手に強いられてヤル気をおこす地方出版社はどこにいるだろう。 私はこの風潮を知ってはいたし、 だからこそ地方では無理と云われるものをあえて選んで挑戦してきたつもりだが、 実際に我が身に起きてみると、 何かが崩壊していくような気持に襲われる。 美術批評誌 「非」 や次に予定の 「原色日本海産魚類図鑑」 も、 ただその一点で出版をひきうけたものなのに。

 

●こんなことは 「ゴマメのはぎしり」 だから書きたくなかった。 はぎしりも度をこすとますます敬遠されるだろう。 美術批評誌 「非」 の2号で〈美術にとって地方とは〉という特集が組まれたが、 これは出版にとって地方とはという永遠の課題。 しかも、 ちゃんと理解して下さる方々もいらっしゃる。 私はめげない。 そうだ。 小社の 『長い道』 を原作に映画化も決定して今夏から撮影に入るという。 篠田正浩監督、 山田太一脚本というのは本当だった。 来年の今頃、 全国で上映されるだろう。 それから故中野重治氏の奥様の女優原泉さんの訃報を聞いて、 急ぎ氏の文学者としての事実上の第一歩となった同人誌 『裸象』 の復刻を決めた。 没後10周年であり、 昭和文学の高峰を築かれた氏の作品に地方が触れ得ることを喜びとする。 あれこれとあるけれど、 私はこんな風に無邪気に喜んでいる自分に感心さえしている。 (1989年7月20日 勝山敏一)